2014年2月1日土曜日

キング・クリムゾンの立ち位置は?



プログレッシブ・ロックといえば、と問われれば大半の人がキング・クリムゾンの名前を出すであろう。ビートルズの『アビーロード』を抜いた云々の伝説は、 そのベールが剥がされ、嘘ないしどこかのマイナー紙での出来事であろうということが現在では分かっているが、それでも尚、そのフォロワーの多さを見て も推し量れるように強い存在感を放つバンドだ。ご存知のように、プログレ名盤百選のような企画では必ず冒頭を飾る、いわゆるプログレ四天王、ないし5大プ ログレの筆頭でもある。

ところで、ここでプログレの特徴について少し触れておこう。よく言われるイメージは「暗い・重い・長い」の三重苦というものだ。散々な言いようだが、あ ながち外れというわけでもないので否定しきれないのが辛いところだ(笑)。このイメージはクラシックで言えば、マーラーやショスタコーヴィチに付されるよ うなものであろう(尤もショスタコーヴィチの曲の長さは、クラシックとしては標準的であるが)。この二人に共通しているのは、浪漫主義的で懊悩や苦痛を表 現している点だ。その音楽性は極めてパーソナルで暗く重いジメジメとしているので近づき難いものがあるが、一度そのなかに入り込んでしまうと、そこに溢れ る美しい旋律や激しい音像に魅了される、というものだ。これはプログレ全般に関しても言えることだろう。最初は「暗い・重い・長い」の三重苦で接しにくい が、しばらく触れているうちにその美しさや高揚感を発見することが出来るのだ。この深みこそプログレの魅力であろう。

イメージはこれで分かっただろうが、じゃあ音楽的な特徴は?ということについて次に触れよう。これは箇条書きにした方が分かりやすいと思うので、以下に列挙していく。

・ロックとそれ以外のジャンルとの融合(クロス・オーバー的)
・組曲形式
・変拍子の使用
・器楽演奏の重視(インストゥルメンタル)
・文学的な歌詞


取り敢えずこの辺りであろうか。そもそもプログレッシブ・ロックというジャンル自体、帰納的に名づけられたものなのでプログレと呼ばれるバンドでも、以 上で挙げた特徴の全てを持っているわけではないことに注意されたい。既存のジャンルの枠で括れないものがプログレと呼ばれるようになった、と考えて 頂ければ良いだろう。

では、これらの特徴を踏まえた上で、キング・クリムゾンの立ち位置を確認してみよう。音楽性の特徴はキング・クリムゾンが基準になっていると言っても過 言ではないので、当然ながらいずれも満たしている。イメージの面でも、また同様のことが言えるだろう。しかし、先ほどクラシックの作曲家を引き合いに出し たような浪漫主義は、キング・クリムゾンに於いて希薄だ。詩人のピート・シンフィールドが在籍していた時期は、彼の持つ性質からか浪漫主義的な 表現が散見されたのだが、彼が離れてからの作品では前衛性、すなわち変拍子を押し出した曲が多くなる。これはロバート・フリップの持つ純音楽的な性質によ るところが大きい。
変拍子は身体が想定するリズムを崩しているため、それだけで身体に訴えかける力を持っている。しかし、当然ながら通常のリズムではないので、聴き慣れて いない人からすると気持ちの悪いものになってしまう。故に難解なイメージがキング・クリムゾンには付き纏っているのだが、それを克服したとすればどうであ ろう。変拍子という殻を破ったならば、そこに現れるのは意外にもポップな音像であることに気づかされるのではないか。これを私は勝手に「未来のポップス」 と呼んでいるのだが、キング・クリムゾンの音は変拍子で彩りを加えたポップスとして捉えると、その性質が分かりやすくなるように思えるのだ。現に車のCM で使用された「Easy Money」など、昨日出たポップスの曲だと言われても通用するほどキャッチーでポップな音ではないか。すなわち私が言いたいのは、キング・クリムゾンは 芸術的な表現というより、いつまでも古びない斬新なポップスをやっていたのではないか、ということだ。

「未来のポップス」としてのキング・クリムゾン。このことを考えていると、何故キング・クリムゾンがプログレの代表格として扱われるのかが見えてくる。そ う、キャッチーで分かりやすいからなのだ。一般に名盤と言われる『クリムゾン・キングの宮殿』、『太陽と戦慄』、『レッド』の3枚と俗に裏名盤と呼ばれる 『アイランズ』とを比べたならば、キング・クリムゾンの立ち位置が見えてくるだろう。前者の3枚は捻くれた要素を持つポップスないしハード・ ロックとして捉えられるが、『アイランズ』は圧倒的に「分かりにくい」。もしフランス辺りのマイナーなバンドが『アイランズ』を唯一作として残したとした ら、その紹介には「神秘的で思索的な唯一作で知られる○○!」といったコピーが書かれることだろう。しかし、キング・クリムゾンのなかで『アイランズ』 は、決して重視されるアルバムではない。それはキング・クリムゾンに詩的な要素が求められていないからだろう。

こうした理由からか、プログレ入門として皆キング・クリムゾンを通過するが、その先にあるバンドに触れるにつれてキング・クリムゾンを聴く機会は減って いくような気がする。ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターやキャメル、ソフト・マシーンといったバンドの方が遥かに詩的であるからだ。事実、私はキン グ・クリムゾンよりもこれらのバンドの方が好きだ。

だが、キング・クリムゾンが単なる入門バンドかというと、決してそんなことはない。『アイランズ』の存在が大きいのだが、キング・クリムゾンにはこのよ うに分かりやすいだけでない要素が含まれているのだ。一度ハマってしまうとなかなか抜け出せない魅力がそこにはある。それ故に『アイランズ』は「裏」名盤 として扱われているのだ。決してキャッチーではないが、言い知れぬ引力を持つこのアルバムがあるために、キング・クリムゾンの音楽は今でも価値を持ち続け ているのではないだろうか。といった辺りで本稿を終わろうと思う。『クリムゾン・キングの宮殿』、『太陽と戦慄』、『レッド』だけがキング・クリムゾンで はない。それだけで止まっている方は、是非とも「裏」名盤『アイランズ』を聴いて頂きたい。それによってキング・クリムゾンの懐の深さが、プログレの魅力 の深部が、垣間見られることだろう。

(2011/02/28 掲載) 文責 @mila_hammill